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(8414)03/20_19:01
ワチキに対して否 人生の屈辱だッ!!(2 )  (トメキチ) 返信

   恥辱ついでにもう2件のお話でございます。

 ワチキは恥辱を味わったのは人生で3回ある。 
1回目は自閉隊の在隊中のことである。 自閉隊では「臨時勤務」 というものがあり、だれでも1回以上は経験するものである。 ワチキは2回あり、1回目はKP(キッチンポリッシャーと言ったかよく覚えてはいないが 「皿洗いの事である」と残飯処理) を1か月こなした。

 そして2回目は 「糧食班」 という駐屯地の 「飯炊き」 の事である。糧食班は通常3か月勤務である。 その糧食班に行かされる時、衛生検査があり、臨勤に出された4人は駐屯地内にある医務室に行く。

 ワチキは実際1ヶ月と20日 (R教育のため短縮された) であった。 ワチキらは 「服装と手や爪の検査くらいだろう」 と安易に考えていた。(内容は誰も教えてはくれなかった。 故意に教えなかったのかもしれない)

 4人連れ立って入室をし、医務官に申告をする。 そして一旦部屋の外に出され、一人づつ呼ばれた。 医務官は 「そこの机に両手を付け」 と変なことを言う。

 すると医務官は 「手をつく前にズボンを下ろし。下着も脱げ」 という。 ワチキは耳を疑った。 命令なので 「イヤでございます」 なんぞは間違っても言えない。 言われるがままにズボンを下ろし、パンツも脱いだ。 医務官は無表情に 「今からこのガラス棒で○の○に挿入する。 入れたときには口を開け 「あ〜〜」 と声を出せ、出さなければ筋肉が締まり、このガラス棒が折れるぞ、するとどうなるかは解かるよな」 と告げられた。

 これを聞いた者はすべて震え上がるはずである。 医務官はガラス棒とシャーレ―を持ち遠慮なく、水戸様にぶち込まれる。 その時 「アッぁ〜〜〜〜〜〜」 と声が出てしまった。 当然廊下に居る者にも聞こえたはずである。 全くこの時の気持ち悪さと恥辱感は一生忘れない。 ワチキと同世代かもっと古い人たちは間違いなく経験しているはずである。
 (これが我が駐屯地だけなんぞは考えても許されない)

その 「儀式?」 が終わった後、4人で 「女子はやるんかなァ〜」 と一人が言う。 (女子というのは糧食班にいる栄養士さんたちで、だいたい短大生が多かった) 4人ともよからぬ想像をして、頬を赤くした。 ハズはない。

 後々だが、女子は検便とシールの様なものを張って提出するだけと聞いた。 ワチキは 「やはり、そぉ〜だよなぁ〜」 と納得した。

 2回目は、今から15年位前 「脊髄腫瘍」 のため、知り合いの脳外科部長をしていた徳ちゃんの勤務する病院に入院し、徳ちゃんの先輩の医師がワチキノ手術を担当してもらい、無事に手術は成功裏に終わった。

 3日くらい経った頃、若い看護師2人が朝やって来た。 ワチキは 「何ですか?」 といぶしながら問うた。 その二人は 「体を拭きますのでそのままでいてください」。丁字帯(ガーゼでできている越中褌である) も交換します」 という。

 「するてぇと素っ裸にされちまうのか?」 と思い、今日は女房が来ますので大丈夫です。 ケッコーです」 と2度も念を押す。 しかし、彼女たちは一向に聞く耳を持たず 「今やります」 と強気発言。

 それでもワチキは抵抗し 「体を拭かんでも死にはしません。 問題ありません」 とほぼ嘆願であった。 そして簡単に丁字態を引っぺがされ、わが戦車砲もゴシゴシと拭き上げられてしまったのである。 痛恨の屈辱である。

 も〜〜烈に腹が立ったので、他の看護師に 「徳ちゃんを呼んでくれ」 といい、徳ちゃんを病室に呼びつけた。 そしてこの件を伝える。 すると徳ちゃんは 「そんなモンでしょ」 とのたまわった。 まったく呆気ないご返事であった。 それでもワチキは 「あの二人はナースセンターに戻り、昼飯時にワチキの事をオカズに、みんなで爆笑して飯を食っているに違いないのだッ!!」 と憤懣やるかたなく、徳ちゃんにぶつける。

 徳ちゃんは 「そんなことないですョ」 という。 だが腹の中では 「その通りです」 と言っているのがМRIの画像の如く丸見えなのである。 
 

 



  




[JPEG画像]: こげなもの・・・・・ -(167 KB)
(8413)03/19_16:00
ワチキに対して否 人生の屈辱だッ!!  (トメキチ) 返信

 ここのところ帯状疱疹の後遺症がひどく、2週間後の診察もいつも通りの5秒で終了。 だがしかしワチキは訴えた。 「排尿がかなりしづらくて痛いのですが・・・」 とお願いした。

 するとその医師は 「すぐ泌尿器科へ行ってください」 という。 言われたまま、通い慣れている廊下を泌尿器科へ行く。 だが、いつも診察する曜日と違う。

 なので違う医師に診てもらう。 ワチキ担当の医師とはかなり違う。 物腰柔らかく懇切丁寧である。 そして医師が問う 「痛みの具合は10段かだとどれくらいですか?」 との問いに 「7+(2)です」 とお答え。 医師は 「(2)というのはどういう事ですか? 」 という。 

 そしてワチキは表皮の痛みが7で皮下の痛みが2です」 と答える。 医師にはその意味が通じたようで 「それは大変ですね、これからカテーテルを入れます」 と平然と言う。 ワチキはそれを聞いた途端しり込みをしてしまう。

 泡食って 「大丈夫です、何とか出します!! トイレへ行ってよいですか?」 と嘆願する。 医師は 「何分かかってもよいですから、出してきて」 と言っていただいた。 

 そして指して知ったるトイレへ向かう。 便座に座り瞑想し空の境地に至る。そして見事にシッコは排出された。 残尿感はあるものの痛みは軽減し 「カテーテル」 という言葉に恐怖が襲いさぞかし膀胱がビビったのであろう、15分ほどで医師のもとに報告した。

 医師も 「良かったですね」 と言われ 「出なかったら入院です」 とも言われかなり凹んだ。 しかし、後遺症の痛みがひどい。 痛くて眠れない時もあり、鬱になりそうである。 処方されているがちっとも効いている感じがない。

 次の週も皮膚科の医師に 「痛みがひどいのですが・・・・」 と訴えても 「では違う薬を出しときますね」 で終了。 そんなもんでええのであろうか…。 確かに人との痛みなんぞ分かる人はいない。 そんなことは百×1兆倍承知している。 だが辛い・・・。

 今度は泌尿器科の通院日である。 だがワチキはその予約日を全く記憶から消え失せていた。 二日後気が付き予約をし直す。 今度の受信内容はエコー検査と尿速を測る検査である。 こいつがワチキは大の苦手である。 何せキンチョーするのである。 部屋の外では看護師さんが待っているし、この計測器の音がまた神経を逆なでする。

 そんでもって予約の時、看護師さんからは 「いっぱい溜めて来てください」 と念を押されている。 朝からコーヒー250cc 白湯500ccも無理やり飲んできた。 だが今日に限って予約時間を40分もオーバーしている。

 もう膀胱はパンパンである。 こんなに我慢したことはない。 限界を超えそうなときにお呼びがかかり,エコー検査ののち検査トイレに行く。 測定器の便座に座ってもほとんど排尿できない。 チョロチョロと出るがまたも検査音にストレスがたまる。10分以上かけたがもう出ない。

 諦めて退出する。 そしてまたエコー検査する。 すると 「医師は全く出てませんね、400cc以上残っています。これではだめです。 カテーテルを入れます」 とのたまわった。 ワチキは 「キャァ〜〜 もう一度トイレに行かせてください。なんとしてでも出します」 とお願いし、執行猶予をもらいトイレに行くが,やはりチョロチョロしか出てこない。 まったくもってメイファーズである。

 仕方なく 「ダメでした。 あまり出ません」 と告げる。 すると医師は看護師たちと何やら相談しているが、いかんせん専門用語が入り乱れ、何を言っているのか理解できないでいた。

 医師から何やら言われ看護師さんたちは、引き出しを開けゴソゴソと箱を取り出してきた。 何やら長い箱等を出してきた。  そして医師は 「看護師さんから説明を聞いてください」 という。 看護師さん2人は
箱からチューブとグリセリンボトルを出して説明する。 

 現物を見ながら小冊子を出してきて、「これを読んでください」 とイラストが入っているところにアンダーラインを引き、 「ここからは検査室で実践していただきます」 という。 だがワチキはまだ理解していない。 でも検査室に行くと今度は看護師さんが中に入ってくる。 

 「えぇぇぇぇ ど〜〜ゆ事!! するとメインの看護師さんが 「ズボンを下げて自分でカテーテルを入れてください。 それを確認します」 と何の躊躇もなく恥ずかしさもなく事も無げにおっしゃる。 看護師さん二人にガン見されながら 「やるっきゃねぇ入院するよりましだ」 と諦めた。

 そしてグリセリンを浸したカテーテルを膀胱まで注入する、案外長いすると看護師さんが 「途中狭いところがあるのが前立腺です。 そのまま入れてください」 という。 言われた通りであった。 そして計量カップにカテーテルの先っぽを入れてまた押し込むと。あれよッ! と全く噴水の如く湧き出してくる。

 ワチキはそれを 「オイル交換みたいです」 というと二人は笑っていた。 250ccのカップはすぐに満杯、急いでカテーテルを摘まんでカットオフすぐさま確認して廃棄後またカップに抽出。 ほぼいっぱいとなり
やく500ccほど出た。 

 看護師さんは 「良く出来ました」 とおほめ頂いたが、全くこの屈辱感、敗北感。挫折感、そして恥ずかしさは永遠に忘れることはなかろう・・・。 おほめ頂いたが、素直に 「アリガトウゴザイマシタ」 というのを躊躇したが、小声でお礼を言った。 だがすべて排出できたと思っていたので痛みもなくなり気分はテンホウの乙である。

 全部出し切っていると思ったら、エコー検査でまたも 「まだ200ccほど残っています」 と言われてまたも凹む。 医師は今日はこれまでとします。 自分でカテーテルを入れられるのが確認できたので、これから1週間きちんと実行してください。 それと記録も」 と言われ放免となった。 まったく実刑がなくて何よりであった。

 その後看護師さんから計量カップ、カテーテル、グリセリン、記録用紙を渡された。 「また来週来てください」 と言われ、帰りの道は暗く重かった (スクーターであったが…)
 
 そんでそのストレスが唇ヘルペスを呼び起こし唇の周りが真っ赤となってしまった。 帯状疱疹のバカぁ〜〜〜〜野郎ぅ!! 

[JPEG画像]: こげなもの・・・・・ -(169 KB)
(8404)03/19_14:00
今日1日のおチョクジです。 (ウッソ〜〜) (トメキチ) 返信

 一日にこれだけ飲む事になっている。 もぉ〜〜幸せいっぱい腹いっぱいであり申す。 そのような事でポンコツになり果ててしまった……。

[JPEG画像]: タンマリ種類があり申す。 -(166 KB)
(8403)03/16_11:20
10年振りくらいで耕す。 (トメキチ) 返信

 会長の頼みで、いやいや畑を耕し畝を作った。 しかし、ワチキはやる気がない・・・・。  過去に成功したのは唐辛子とサンチュだけなのである。

 ワチキには農業というものだが大の苦手である。 漁師に向いているので「そっちがエエ」 と思ってもこの近くには海はない。 永年の希望と夢はかなえられないであろう・・・・。 解かりきっているが諦められない・・・・。 「ウミンチュになりたい・・・・」

[JPEG画像]: 畝もしっかり作った。 -(165 KB)
(8402)03/16_11:14
育ても誰も食べない畑。 (トメキチ) 返信

 会長が唐辛子、サンチュ、サニーレタス、なんだか判らない種を持ってきた。

 そして 「畝を4つ作ってね」 と言われた。 しかし、モノを育てるのは簡単ではない。 しっかりと土を耕し高い畝を作りそしてビニールシート被う。 それから種は別の所で育成し、程よく育ったら植え替えるのである。

 それからが雑草との戦いが始まる。 この畑は何人者ものに貸したが、みな雑草との戦いに敗北している。 それほど物を育てるのは大変なのであるが、会長の希望なので、やるしかない。

 20年位前にはサツマイモやカボチャをやってみだが大失敗。 サツマイモは葉っぱばかりや大きく育ち、ミミズほどのものが出来ていて、ガッカリしたし、キュウリなんぞは収穫が遅れると化け物のような大きさになってしまう。

 だからワチキは農業が苦手なのである。 本当に第一次産業に従事されている方々を尊敬する。 ワチキには到底できない世界のなのである。

 なので多分ろくな物にはならんとおもっちょります。

[JPEG画像]: 畝もしっかり作った。 -(166 KB)

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